いい歳してアニメを見るのは恥ずかしい?そんなことはない。

どうもこんにちは、あんりです。

最近は大人が見ても楽しめるアニメってたくさんありますよね。

例えば2018年現在放送しているアニメだったら「新幹線変形ロボシンカリオン」

シンカリオンは男児向けアニメですが、新幹線や鉄道がテーマになっていることもあって、大人でも楽しみながら見ている人もかなり多いようです。

実は私もアニメ好き(というかオタク)なのですが、シンカリオンは一度観だしたら沼にハマってしまいましたw

私はアニメ好きでもあるし旅好きでもあるので、作中に登場する新幹線や鉄道や日本各地の観光名所を見るとなんだかとてもワクワクします!

男児向けアニメとはいえ侮れない。

とまぁ、前置きが長くなってしまいましたが、今は世代問わず楽しめるアニメが充実していますし、大人でも「アニメが大好きです!」と公言する人が増えましたよね!(ハイ、私もそうですw)

ですが、大人が

「趣味はアニメを見ることです!」

「アニメが大好きです!」

と言うと、

「いい歳してアニメだなんて…みっともない」

「あんた歳いくつなのよ?○○歳にもなってまだアニメ見てるなんて恥ずかしい」

「アニメなんて子どもが見るものだからいい加減に卒業しなさい!」

と文句を言ってくる人たちが必ずいます。

私と同じようにアニメ好きの大人なら一度は言われたことのあるセリフだと思います。

彼ら彼女らが言うように、「いい歳した大人」がアニメを好き好んで見ることは本当に恥ずかしいことなのでしょうか?

私の個人的な意見を述べたいと思います。

【いい歳した大人がアニメを見るのは恥ずかしい?】

結論から言うと、決して恥ずかしいことではありません。

むしろ、いくつになっても熱中できる趣味が一つでもあるのは素晴らしいことじゃないですか!

ただ、熱中できるものの対象が「アニメ」ってだけです。

まぁ家計が苦しくなるほどグッズやイベントなどにお金をつぎ込みすぎたり、恋人や夫婦・子ども・親など大切な人達とのコミュニケーションそっちのけで夢中になったり、興味の無い人たちにアニメを押し付けるなど、他人に迷惑をかけるほど熱中しすぎるのはどうかと思うんですけどね。^^;

他人に迷惑をかけない範囲で、アニメという趣味を個人で楽しんでいるのなら全然問題ないのでは?と思います。

【熱中できる趣味がある人はメリハリのある生活を送って、イキイキしている】

実際私が普段よく関わっているオタク友達には子持ちの主婦や、アラサー以上の年齢の独身女性、お堅い職業の方など様々な人がいますが、みんな「いい歳した大人」です。(笑)

趣味の話で盛り上がっている時はオタク同士にしかわからないディープな話をするけれど、そうじゃない時はみんな至って普通に真面目な大人なんですよ。

家事や子育てを頑張ったり、夫を支えたり、仕事に励んだり、目標や夢に向かって努力したり…本当にみんな、毎日を一生懸命に生きている真面目な大人です。

でも彼女らがこうして日々の生活を頑張れるのはアニメという趣味があるからです。

ある子持ち主婦のオタク友達はこう言いました。

「もし私がアニメ好きになっていなかったら、夫と子育てしか生き甲斐のない寂しい主婦にきっとなっていたわ…自分がオタクで良かった!」

別の主婦のオタク友達はこう言いました。

「パートがなかなか決まらなくて辛い。でも早く家計を支えたいし『推し』のためにもお金を稼ぎたいから頑張って履歴書書きまくるぞ!」

またある独身女性のオタク友達は

「勤務先の仕事が毎日ハードで大変。でも家に帰って大好きなアニメを見たら『また明日も頑張ろうー!』と前向きになれるんだ!」

と言っていました。

熱中できる大好きな趣味があるからこそ、たとえ日々の生活の中で辛いことや悲しいことが多少あっても、ネガティブな気持ちを引きずったままにすることなく気持ちを切り替えられます。

「推しのためにお金稼ぐぞー!」と仕事を頑張る気になれるし、他人に依存することがないし、メリハリのある生活を送ってイキイキしていられるんですよね。

私も会社に雇われずにお金を稼ぐ生き方を早く実現させたいし、稼いだお金で大好きな趣味を楽しみたいからこそ、今こうして毎日コツコツとサイトの構築に取り組んだり、ネットビジネスの勉強を頑張ることができます。

反対に、何か熱中できるものが一つもない人は、自分を見失っている人が多いなーという印象です。

例えば私の学生時代からの友人に無趣味だという子がいますが、以前その子から

「私は一体何のために仕事をしているのか、何のために生きているのかわからなくてモヤモヤする。夢中になれる趣味があればそのために仕事を頑張れるかもしれないけど、どハマりできるものがなくて何だか毎日虚しい。」

と悩みを打ち明けられたことがあります。更に

「あんりにはどハマリできる趣味があっていいなぁ。アニメでもいいから、私も何かハマれる趣味を見つけたい。でも自分は何が好きなのかわからない。」

とまで言われてしまいました。そこで友人に

「Nちゃん(友人)が子どもの頃にどハマリしていた大好きな事って何?ほら、小学生の頃とかさ、時間を忘れて何かに熱中してしまうことってあるでしょ?」

と聞いてみたけれど

「……うーん、あまりなかったかな」

と返ってきてしまいました;友人が一日でも早く心の底からやりたいと思うこと、熱中できる趣味を見つけられますように…

【「いい歳してアニメなんて…」と言う人達の特徴】

熱中できる趣味がある人とない人に話題が脱線してしまいましたので、話を戻しますね。

「いい歳してアニメにハマるなんて恥ずかしくないの?」などと言ってくる大人たちの顔をじ~っと見てみてください。

彼ら彼女らは、

自分の人生を楽しく生きている人達ですか?

常識や世間体、人目を気にしすぎている人達ではありませんか?

自分の好きな事、やりたかったことを我慢したり諦めてきた人たちではありませんか?

年齢を言い訳にして新しいことに挑戦する勇気を持てないような人達ではありませんか?

少なくとも、私に「いい歳してアニメなんて…」と言ってくる大人の特徴は上記のような人たちですね。^^;

彼らに「いい歳して…」と言われて少し落ち込んだり傷ついたりする瞬間があるかもしれませんが、全然気にする必要はないですよ!胸を張って堂々としていてください。

自分の気持ちに正直に生きて大好きなアニメを楽しんだり、好きなことを極めて幸せにしている姿を見せちゃいましょう。

そうすれば「いい歳して…」と言ってくる彼らにだって、

「自分の心に正直に生きて、年齢を気にせずにやりたいことやってもいいのかもしれないな」

と気付く時が来るかもしれませんから…

【まとめ】

「いい歳した」大人がアニメを見るのは決して恥ずかしいことではありません。むしろ、アニメであれ何であれ熱中できる趣味が一つでもあることはとても素晴らしいことです。

日々の生活で多少辛いことがあっても、熱中できる趣味があることによって気持ちを前向きに切り替えられます。

また、年齢を気にせずに大好きなことをやっていると人生豊かになりますから、「いい歳して…」と言ってくる人達のことは全く気にしなくて良いです。

自分の気持ちに正直に生きて人生楽しんじゃいましょう!人生楽しんだもの勝ちです。

関連記事:今の時代はオタクが強みになる。

人生は意外と短いのだから、生きているうちに大切な人とたくさん関わろう

どうもこんにちは、あんりです。

先日猛暑の中、暑~い部屋の中で
うなだれていたら
親から一通のメールが来ました。

母方の祖父が亡くなったのだ。

大正生まれでオーバー90。

老衰で大往生でした。

太平洋戦争でジャワ(現在のインドネシア)に
10代の若さで派兵された経験もあるし、

その後の戦後混乱期などの
激動の時代を生きてきた人でした。

私は祖父に昔からたくさん
かわいがってもらいました。

私がまだ生まれて間もない時、
当時かなり遠方の地域で暮らしていた祖父は
今は亡き祖母と一緒にすぐ家へ駆けつけてくれて、

働き盛りだった父や
産後の疲れ切った体で大変だった母に代わって
私の面倒を見てくれていたそうですし、

私が5歳になった年には、
うちの両親やいとこを率いて
祖父は海外旅行に連れて行ってくれました。

祖父にとって昔から馴染み深いインドネシアへ。

旅行先では、インドネシア語を話せる
祖父が通訳をしてくれたりもしました。

私が小学校3年生くらいの時、
小学校の社会科で
「身内の戦争体験を聞いてくる」
課題を与えられたのだけど、

祖父は自身のインドネシアでの戦時中の生活を
電話越しにたくさん語ってくれました。

当時小学3年生だった私にも理解できるように、
わかりやすい言葉で説明してくれました。

広島の原爆資料館にも
一緒に訪れました。

祖父世代にとってはつらい戦争体験を
思い出させてしまうことだらけだったかもしれないのに…

…祖父との思い出をいろいろと書き出しているうちに
長くなってしまいましたね。

実はこのブログを書いている2カ月ほど前に、
祖父の余命はあと2カ月くらいしかもたないだろう、
と親戚から聞かされていたんです。

とっくに90代に突入していたし、
2年前に最後に会った時には
体がだいぶ弱っていたように見えたので

もういつ亡くなっても
おかしくない状態ではありましたが、

それでも祖父の余命を聞かされた時は正直
泣きそうでした。

今までたっくさんお世話になった身内が
旅立つのはやはり寂しいので。

ですが、その時余命を聞かされて
心の準備ができていたので、

祖父の死を知った今は
不思議と悲しい気持ちにはなりません。

言葉が適切かどうかはわかりませんが、
心穏やかな気持ちです。

とにかく、祖父からは
たくさんの愛情を注いでもらいましたし、
いっぱい面倒を見てもらいました。

90年以上、長生きをしました。

なので、寂しい気持ちよりも
感謝の気持ちや労いの気持ちの方が
強いです。

今まで本当にありがとう!

感謝しています!

そして、お疲れさまでした!!

【人生は意外と短い】

亡き祖父への気持ちをたくさん綴ってしまいましたが、
ここからがこの記事の本題です。

(今までのは本題じゃなかったのか…)

亡き祖父のように人生90年以上も生きると
大往生だとか、すっごく長生きだったとか
感じますよね。

ですが、以下の記事でも書いたように
人間年を取れば取るほど
時間の経過がめちゃくちゃ
早く感じるようになります。

関連記事:時間が経つのが早いと感じるのは大人になって○○○ことをやらなくなった証拠

例えば人生80年だとすると、
20歳を迎えた時には、体感的には
もうすでに人生の半分を終えているのと
同じなのだそう。

更に言えば、大人になってから
新しいことに挑戦しなくなったり
刺激的なことを体験しなくなれば

時間はもっと早く過ぎ去っていくように
感じるんだそうです。

だからただ毎日をぼーっと過ごしている人ほど
気が付いたらあっという間に年老いて
死を迎えてしまうってわけですね。ひゃー恐ろしい。

私はそういう死に方は嫌ですね…

どうせ死ぬならもっといろんな経験を積んで
刺激的なことも体験しつつ
楽しい思い出をたくさん作ってから死にたい。

いろんな経験を積むためにはお金がそれなりに必要です。

だからお金を得るための手段として
アフィリエイトを日々頑張っているわけですが。

で、そうは言うけど自分自身が

刺激的な体験をしたり
楽しい時間を過ごしたり
新しいことに挑戦したりするには

具体的にあとどれくらいの時間しか残っていないのだろう?

と、ふと疑問に思ったわけですよ。

そこで海外のサイト
“see your folks(和訳:両親と会おう)”を使って
自分は余命あと何日なのか計算してみました。

see your folks

このサイト、本当は
「自分の両親にあと何回会えるか?」
を教えてくれるサイトなんですよね。

世界各国の男女の平均寿命と
年に両親に会う回数、
両親の年齢から割り出して、
あと両親に何回会えるかを計算してくれます。

だから本来とは使用目的が全然違うのですが(苦笑)、
自分が寿命を迎えるまであと約何日なのか、
一応計算はできます。

試しにやってみました。

4つ質問が用意されていますが、まず左上の質問から。

Q1. “Where do your parents live?”
(和訳:あなたの両親はどこに住んでいますか?)

A1. Japan
⇒ここには自分自身の居住国・日本を入れてみます。

次は右上の質問。

Q2. “On average how many times do you see your parents a year?”
(和訳:平均して一年間に何回両親と会っていますか?)

A2. 365
⇒自分のことですので、365日・毎日とします。

続いて左下の質問。

Q3. “How old is your mum?”
(和訳:あなたのお母さんは何歳?)

A3. 28
⇒私は今年で28歳になる女なので、ここに28と入力します。

最後に右下の質問。

Q4. “How old is your dad?”
(和訳:あなたのお父さんは何歳?)

A4. –
⇒私は男性じゃないのでここはスルーします。

全部入力し終わったら
Show my results(和訳:結果を見る)
クリックします。すると……

You will see your Mum
20440
times before she is expected to die.

(和訳:あなたはお母さんが死ぬ前に20,440回会えるでしょう。)

20,440日。

一年が365日あるとして、20,440日を割ってみると…

20,400÷365=56

余命はあと56年ってことか…

56年+28歳(現在の年齢)=84歳

ということで、どうやら私は
84歳で寿命を迎える計算となっているようです。

84歳!あと56年!!

亡き祖父含め、うちの祖父母たちは皆
オーバー90で寿命を迎えているほどの長生き家系なので、
今回の計算結果は90歳を超えているものだと
勝手に思っていました。

ですが予想してた結果よりも6年短いです…
人生短いんだな…。

【試しに自分の両親にあと何回会えるか計算してみた】

ではここで、このサイトの本来の使用目的に沿って
自分の両親に何回会えるのかを
試しに計算してみました。

するとこのような結果になりました。

495回…

1回=一日だとしたら
両親揃って会えるのはあと2年にも満たないんですね…

ちなみにこれが母一人だけだと

540回

父一人に会うだけだと

450回

という計算になりました。

会える回数が思ったよりも少ない!

こうして具体的な数字を突き付けられると
なんだか寂しくなってくるし、
親が元気に生きているうちに出来るだけ多く
会っておいた方が良いかなぁ、って思いますね…。

【大切な人が生きているうちにたくさん関わろう】

「孝行のしたい時に親はなし」

という諺がありますが、これは

自分が年老いて
親ともっと関わりたい、大切にしたい
と思った頃には時すでに遅しで
親が亡くなっている。

つまり、
生前にもっと親孝行をしておけばよかった
と後悔する言葉
なんですよね。

大切な人の代表格で「親」を挙げましたが、
別に親に限らなくてもいいです。

兄弟姉妹
祖父母
親戚
親友
恋人
配偶者
娘息子
恩師
仕事仲間

など

自分にとって大切だと思う人たちと
お互いが生きているうちに
しっかり関わって、大切に思い合わないと、

その相手が突然亡くなってしまった場合
非常に後悔します。

記事の前半で亡き祖父に対して
いろいろ感謝の気持ちを書き連ねた私ですら

「あ~もっと会っておけば良かったなぁ」
と思う所はあります。

先述した通り、人生は思ったより短いのだから。

大切な人が突然亡くなったり、
自分自身が死んだりしてから
「あーもっとこうしておけばよかった」などと
後悔しないように毎日生きていきましょう。

会っておきたい人、関わりたい人には
積極的に接していって、
自分のやってみたいこと、体験してみたいことには
どんどん挑戦しましょう。

何だかまとまりのない記事になってしまいましたが、
最後にこの曲を添えて今回は締めたいと思います。

愛してる この命 明日には尽きるかも
言わなくちゃ 言わなくちゃ 出来るだけ真面目に

♪つぐみ/スピッツ

今の時代はオタクが強みになる。

こんにちは、あんりです。

自己紹介のページやその他の記事でも
何度か書きましたが、
私はオタクです。

10代の頃はスピッツが大好きなあまり
軽音楽部に入部してバンド活動を始めたり、

フィギュアスケート観戦が大好きで
日本時間深夜に放送される
海外大会の生中継をリアタイしたり、

氷の上で滑るのは下手っぴでも
スケートに挑戦してみたり、

アニメ「ユーリ!!! on ICE」が大好きで
作中の舞台となった街へ聖地巡礼に行ったり、

昨日なんて本作のオーケストラコンサート
「ユーリ!!! on CONCERT」
ライブビューイング参戦したくらいです。

そして、来年公開予定の劇場版ユーリの
キービジュアルを見る限り、舞台が
ロシア中心になりそうな予感がするので

ロシアへの聖地巡礼やロシア語の勉強の再開も
考え始めているほど、骨の髄までオタクです。

そうそう…最近フィギュアスケートやアニメに
ずいぶん興味が傾いているけど、
10代にハマり始めたスピッツは今でもずっと好きです。

まぁ10代の頃から比べれば
異常なスピッツ熱は鎮静化しましたが(笑)

他のアーティストの楽曲に一時期ハマっても、
またスピッツに戻ってくるくらいには好きです。
スピッツはまるで、いつでも安心して帰れる実家。

スピッツの話はさておき、
話題を「オタク」に戻しますね^^;

私は「ユーリ!!! on ICE」が好きで、同じく本作が大好きな人たちと
語りたい・仲良くしたいと思ってSNSを通して交流したり、
実際にオフ会を定期的に開いて一緒にワイワイ楽しく集まることもあります。

そしてユーリは海外でも大人気の作品なので、
様々な国籍ののファン友達と語ることもあります。

なので、いわゆる「オタク」の人たちと
関わる機会がたっくさんあるのですけど、
自分の周りのオタクの人たちを見ていると

「今の時代ってオタクだと大好きなことを極めて本当に幸せそうだし、波に乗れてるな~」

と思ったりします。

何故かというと、
「自分の大好きなことは何なのか?」
をはっきりわかっているから。

自分の「好き」をちゃんと認識できているからです。

周りの流行や常識に流されず、
自分にとって「いいね!」と思ったことを
ちゃんと大好きだと思える感性があるんです。

自分の気持ちに正直に生きて、
自分の心が楽しくなることを
しっかり極めているんですよね。

こういう正直な気持ちとか、感性って
すごく大事なことだなぁと思います。

よく「オタク」と言うと、

「オタクなんて超キモイ」とか
「いい歳した大人がアニメだなんて…まぁ恥ずかしい
「その歳だったら○○とか□□(流行りのアーティスト・芸能人・ドラマなど)にハマるのが普通でしょ?」

と言ってくる人達がいます。

私の母もそうです。

母は私を生まれてからずーっと見てきているので
娘がオタクなのを知っていますし、多少呆れつつも
私がオタクであることも認めてはいますが、それでも時々

「子どもならわかるけど、大人になってもずーっとアニメにハマるとはねぇ…」

と私に言ったりします。

私の母世代からすればアニメ=子ども向けのコンテンツ
という認識があるようなので、こういう風に思うのは
仕方のないことかと思います。

母が幼少期~10代の頃に放送してたアニメって
確かに子供向けのコンテンツの方が多い気がします。
…いつ頃の時代かはあえて伏せておきますが。(笑)

でも今の時代は少子化で、アニメを見る子供世代の数が減っているし、
大人でも楽しめるコンテンツも増えてきたから
アニメ=子供が見るもの、っていう認識はもう古い気がするww

実際私が日々関わるアニメオタク仲間には
アラサー以上の独身女性や、子育て真っ只中の30代女性、
10~20代の子どものいるアラフォーやアラフィフ女性など
「いい歳した大人」がわんさかいます。

で、私の母のように

「大人になってもアニメだなんて…」

と言っちゃう人は、周りに流されてる人が多い気がします。

流行など周りに流されたり、常識や世間体ばかりを気にして、
周りから認められる無難な事ばかりやっていくうちに
自分が本心に気づけなくなってしまい、

「自分が本当に好きなことは何なのか?」
が分からなくなって心虚しくなっちゃうんですよね。

オタク以外で私の周りにも数名いますが、

ハマれる趣味も特にないまま結婚したり、
そうして子どもが出来て子育てに追われているうちに

「私の人生、このままでいいんだろうか?」
「結婚したし子供もいるけど、なんか虚しい…」

と心にぽっかり穴が開く人がいます。

また、どっぷりハマれることがないからこそ

「夫だけが生きがいなの!」
「子どもだけが生きがいなの!」
「だから夫(もしくは子ども)が居なくなったら嫌ーー!」

と家族に依存的になっちゃう人もいます。
独身だったら恋人にすがりついたり。

こういう人を見ると

ああ、人生もったいないなぁ、
ハマれる趣味が一つでもあれば
もっと人生楽しくなるのに、、

って思っちゃいます。

いくつになっても、お母さん(お父さん)になっても、
大好きなことは極めたっていいじゃない。

大好きなことで自分で自分を幸せにできるし、
人生を豊かにすることができます。

また、大好きなことをやっている人は
生き生きしていて人として面白みがあります。

また、オタクであること、大好きなことがあることは
アフィリエイトなどのビジネスをやるうえでは
強みの一つになります。

オタクといっても、何もアニメだけではありません。

美容オタク

旅行オタク

語学オタク

野球オタク

バイクオタク

釣りオタク

カメラオタク

何だっていいです。

自分のオタク趣味をテーマに
ブログを書いて広告を貼れば、
収入を得られます。

しかも、オタク趣味に特化したコンテンツなら
同じような趣味や好みを持つ人たちが集まって来て
集客がしやすいです。

それに、自分の「大好きな事」だから
ブログを楽しく書き続けていられますし、
ブログを書くのが全然苦痛にならない。

だからネットビジネスをするうえで
オタクであることは大きなメリットになります。

オタク最強!

オタクであるからこそ、
好きなことをして人生楽しく生きられますし
ビジネスチャンスにもなったりします。

オタクのみなさん。
自分の大好きなことを活かして
これからの時代を楽しく生きましょうね!

時間が経つのが早いと感じるのは大人になって○○○ことをやらなくなった証拠

どうもこんにちは、あんりです。

いきなりですが、年を取るにつれて
時間が経つのが早いなぁ
と感じることはありませんか?

例えば、小学生の頃は約1か月と10日間程
夏休みを与えられましたが、
その当時の1か月と10日間って
今から考えればめっちゃ長く感じますよね。

しかし、大人になると
1か月と10日間なんてあっという間です。

同じ1か月と10日間という期間なのに、
子どもの頃と大人になった後とでは、
後者の方が何故かすごく短く感じます。

ちなみに私は、高校一年生になった辺りから
時間が経つのが早いなー!
と感じるようになりました。

中学生の頃まではそんなに
早く感じなかったのですがね…

更に言えば、社会人になって
会社で働くようになってからは
高校生の頃の倍以上に一日があっという間に
終わってしまうと感じることが増えました。

このように、年を取れば取るほど
不思議と一日があっという間に
終わるように感じますが、

このように感じるのには
ちゃんとした理由があるようです。

【年を取るほど時間が早く感じる理由】

1.ジャネーの法則

年を取れば取るほど時間が経つのが早く感じる理由として、
一番有名なのは「ジャネーの法則」ですね。

ジャネーの法則の具体的な説明は以下の通りです。

ジャネーの法則(ジャネーのほうそく)は、19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者・ピエール・ジャネの著書において紹介された法則。

主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明した。ジャネの法則とも表記する。

簡単に言えば生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例する)。

例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は、5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになる。

引用元:ジャネーの法則 ‐ wikipedia

ジャネーの法則とはつまり、
その人が生きてきた年数によって
1年の心理的な長さがどんどん短くなる故、
時間が経つのが早く感じるということ
です。

例えばですが、1歳児の赤ちゃんと
50歳の中年を比べるとしましょう。

1歳児の赤ちゃんにとって
1年=365日あるように感じるとします。

50歳の中年にとっての1年は
1歳児の50分の1となるので

365÷50=7.3

よって、50歳の大人が感じる1年の長さは、
1歳児の赤ちゃんが感じる約7日間に相当します。

言い換えれば、
1歳児の頃に感じた約7日間という感覚で
50歳では1年が過ぎることになるわけです。

50歳の一年が、1歳の時の一週間という感覚で
スピーディーに過ぎ去ってしまうわけですから
時間が経つのが早く感じるのも納得できますね。

また、ジャネーの法則では、

20歳から80歳くらいまでの60年間という年月は、
0歳から20歳の体感時間と同じということになる

と言われています。

つまり人生約80年だとすると、
20歳を迎えた時には、体感的には既に
人生の半分を終えているというわけです!

40歳が人生の折り返し地点ってよく言われていますが、
実際はもっと若い時期に折り返し地点を迎えているのですね…

そういえば以前、同じ会社で働いていた40代の人に

「20代のあんりさんにはまだわからないかもしれないけど、
30代になったら20代の時に比べて時間が経つのが早くなるし、
40代になれば、30代の倍以上に時間があっという間に過ぎるよ」

と言われたことがあります。

ジャネーの法則に当てはめてみれば、
40代の方がそのように話す理由も納得できます。

2.新しい発見が少なくなるから

ジャネーの法則の他に、年を取るごとに
時間が早く経つように感じる理由として
新しい発見が少なくなるから
という理由も挙げられます。

思い返せば子どもの頃って
日常生活の何もかも全てが新鮮で、
新しい発見や経験が多かったですよね。

例えば、国語や算数の勉強にしたって、
スポーツや楽器の練習にしたって、
いろいろと新しく習得することが多く、
日常生活が刺激的だったと思います。

ですが、そうして経験を積んで
大人になっていくうちに
いろんなことを知り尽くしてしまい、
新しい発見が少なくなってきます。

人間、何か新しいことに挑戦している時は
時間が長く感じるのに対し、
慣れたことをやっている時は
時間が早く過ぎるように感じます。

私の経験談ですが、転職先の会社で
新しい業務に慣れるまでは
仕事をしている時間がとても長く感じましたが、

業務に慣れて自分一人でも仕事ができるようになると、
「さっき出社したばかりなのに、気が付けばいつの間にか定時を迎えていた」
と感じることが多々ありました。

このように、大人になっても新しいことに挑戦している間は
時間の流れが遅く感じますが、それも慣れてしまえば
時間が経つのが早いと感じます。

話が少し脱線してしまいましたが、
子どもの頃は日々新しいことに挑戦する機会が多いのに比べ、
大人になれば何か新しいことに接する機会が少なくなるので、
その結果、時間があっという間に過ぎ去るように感じやすいわけです。

3.マンネリ化するから

先述した「新しい発見が少なくなるから」の理由と
少し被ってしまいますが、子どもの頃に比べて
大人になると同じ事を繰り返すことが増えます。

職場と自宅の往復がその最たる例です。

マンネリ化して生活が単調になると
更に新鮮味がなくなってしまうため、
時間が経つのが余計に早く感じます。

【時間を長く感じるようなるにはどうすればいいか?】

年を取るごとに時間が早く
過ぎ去ってしまうように感じる理由を
前項までで説明しました。

では、時間を長く感じるように生きるには
どうすればいいのかというと、
新しい経験を増やしたり
生活リズムに変化を付ければいいのです。

時間が経つのが早く感じる理由として、
新しい発見が少なくなることや
マンネリ化が進むことを挙げました。

だから、その逆をやればいいだけです。

例えば会社帰りに習い事教室に通ったり、
社会人サークルに入って新しい趣味を始めてみたり、
休日に知らない土地へ旅行に出かけてみるのもいいでしょう。

新しい習い事や趣味を始めたり、
旅行に出かけるための資金の余裕が無いよって人は、
日常生活の中でもちょっとした変化を見つけてみましょう。

例えば、普段歩かない場所を散歩してみたり、
会社帰りに図書館へ寄って本を借りたりでもいいです。
0円でもできることは沢山あります。

ちなみに私は最近、図書館に通って
斎藤一人さんの書籍をよく借りてきています。

斎藤一人さんは、納税額日本一の
成功者として有名な方でもあります。

書籍にもよりますが、斎藤一人さんの
音声が吹き込んであるCDもついている場合があるので
CDも聞くようにしています。

成功者の音声を聴くだけでも
価値観はずいぶん変わりますし、
自分にはなかった価値観=新しい情報を
日常生活に取り入れるだけで面白くなりますよ。(笑)

話が逸れてしまいましたが、
何もお金をたくさん掛けなくても
図書館に行って本を借りるように、
0円でも新しい発見はできます。

自分の工夫次第で怠惰な日常生活に
新しいことを取り入れる方法は
たくさんあります。

【まとめ】

人は年を取るにつれて時間の経過が
自然と早く感じるようになりますが、
年を取っても新しいことに挑戦しなくなると
ますます時間が加速していくように感じてしまいます。

なので、毎日を怠惰に過ごしていると
あっという間に寿命が来てしまうんですよ。

そう考えると恐ろしくなりませんか?

人はいずれ死んでしまいます。

毎日をダラダラと惰性で過ごすのも、
新しい経験を増やして刺激的に過ごすのも
自分次第ですが、どうせなら楽しいことをして
人生を終えたいですよね。

小さなことからでもいいので、
日常生活に新しいことを取り入れて
生活リズムに変化をつけてみましょう。

ワクワクすることが増えて
体感的に人生長く生きられるかもしれませんよ?

「普通」という名のレールから外れた生き方をしたっていいんじゃない?

こんにちは、あんりです。

今日は、普通でない生き方をしている私が
日々疑問に思っていることをつらつら書いちゃいます。

日本人の大多数って本当に「普通」が大好きですよね。

例えば、

・良い大学に入って
・良い会社に正社員で就職して
・30歳までに結婚して
・35歳までに子どもを最低でも二人産んで子育てして
・マイホームを買って
・定年を迎えるまで働いて
・年金をもらって老後を過ごす

大雑把に書きましたが、
日本人の大多数が理想とする
「普通」の生き方って
こんな感じじゃないのかなって思います。

実際、大多数の人がこのような生き方をしています。

特に私の親世代くらいには一番多いんじゃないでしょうかね?
それ以下の若い世代にも、もちろんいますけどね。

日本では、この「普通」の生き方こそ
当たり前であり、常識であるかのように言われています。

ですが、この「普通」の生き方から
一歩でもはみ出した途端、超風当りが悪くなっちゃいます。

……ていうか、そもそも普通って……何??

【生まれた時から「普通」の日本人じゃなかった】

思えば、私は生まれた時から
「普通」の日本人じゃなかったです。

自己紹介のページにも書きましたが、
私は親の仕事の都合で日本国外で生まれました。

出身国の詳細はあえて伏せておきますが、
英語圏の某国で生まれました。

関連記事:PCの操作と情報発信力を身に付けた幼少期

だから、この時点でもうすでに
「普通」の日本人ではない。

そしてその国では
インターナショナルスクールに通いました。

インターナショナルスクールには
世界各国から多種多様な人達が集まってきます。

肌・髪・瞳の色が違ったり、
国籍・言語・文化・宗教など
みんなバラバラでした。

みんなバラバラなので多様性や個性が認められていて、
「みんな違ってみんな良い」という環境で伸び伸びと過ごせました。

そんな環境でしばらく過ごしていましたが、
ある日、親の仕事の都合で日本に帰国する時がやってきました。

帰国後はインターナショナルスクールには通わず
普通の日本の小学校に転校したわけですが、

見た目が日本人なのに
喋る言葉や仕草・振る舞いなどが
「普通」の日本人らしくないなどの理由で
からかわれたり、いじめられたこともありました。

また、一定期間を日本で過ごしていないため、
他の同級生と流行ネタを共有できず
仲間はずれにされたこともありました。

関連記事:日本の小学校生活と、いじめの中学時代

それ以来、私は周りに馴染もうと
「普通」の日本人になれるように
頑張ってき…たつもりでした。

【社会人になってまた「普通」じゃなくなる】

それから社会人になるまでの約15年間、
私は至って「普通」の人生を歩んでいました。

普通に小学校を卒業して、
普通に中学校を卒業して義務教育を終えて、
進学校と呼ばれる高校に進学して、
大学に入学して、
就職活動をして、
正社員で就職する

という感じの「普通」の人生です。

まぁ大学時代にアフィリエイトに没頭していた
一時期がありましたが、当時は周りの大人からの

「ちゃんと普通に就職しなさい」

という声に圧倒されて、負けてしまいました。(苦笑)

関連記事:アフィリエイトに出会い、就職も決めた大学生活後半

で、周りの大人の期待どおり
「普通に就職」しましたけど、

職場いじめ
社内失業
退職勧奨

などに遭い、入社8か月目で辞めてしまいました。

この時はいろいろと悩みましたが、
「新卒 正社員」の肩書きを手放しました。

関連記事:退職勧奨を引き受け、無職生活を始めた話。

その後半年の無職期間を経て派遣のお仕事を2回経験し、
合計4年間派遣社員として働いてきましたが、
3か月前に辞めてまた無職になりました。

そして今はどうしているのかというと、
ネットを使って自分の力で稼ぐことに挑戦しています。

パソコン一台とインターネットに繋がる環境さえあれば
場所や時間を選ばずに自分の好きなように働くのが可能な
働き方です。

今はまだ大きな成果が見えていませんが、
1~2年後にはネットビジネスだけで生計を立てられるように
目指しており、日々試行錯誤を重ねています。

なので、今の自分を表現するならば
専業アフィリエイターを目指している無職
ってところでしょうか…。

しかし、この生き方って一般的ではないんですよね。

日本社会の中では「普通」じゃないんです。

正社員として会社に就職して、
毎日決まった時間に出社して、
朝から晩までずーっと働き詰め。

残業したり有給休暇も十分に与えられず働く。

これが「普通」で、社会人の常識とされています。

ですから、私は「普通の社会人」じゃないんです。

変人です。

【「普通」じゃないことをdisる親戚たち】

そういえば私の親戚には、私の他に
「普通」じゃない人たちが数名います。
かなり少数派ですけどね。

例えば、遠い親戚には
フリーランスで働く40代独身女性がいます。

とても頭が良く、賢い方で、
いろんな会社で働いてきた
仕事経験豊富なお姉さんです。

就職活動を目前に控えていた大学3年生だった頃、
仕事や働き方についてそのお姉さんに
相談したことがあるのですが、

的確なアドバイスを貰えましたし、
他の人とは違う自由な生き方をしてきた人なので
いろいろと面白い話が聞けました。

ですが、そんなお姉さんのことを
多くの親戚はdisります。

「あの人、まだ結婚していないなんておかしい」

「40過ぎてもずっと独身なのは普通じゃないからでしょ?」

「独身なのはどこか欠陥があるからよ」

「なんでフリーランスなんだろうw頭おかしいよねw」

「正社員になるのが普通でしょw」

親戚たちのdisり方があまりにもひどいので
当時の私はびっくりしました。

独身でいるのは悪いことなの?

若いうちに結婚していないといけないの?

フリーで働くのは非常識なの?

正社員じゃないのはおかしいの?

親戚の人たちが思う「普通」って何だろう??

遠い親戚のお姉さんの話を例に出しましたが、

「結婚していないのはおかしい」
「フリーランスで働くのはおかしい」

という声は、おそらくですが、
うちの親戚たちに限らず
多くの日本人の考えなんじゃないかと思います。

あれから私も歳を取り、独身アラサー女となりました。

また、フリーランスではないですが、
専業アフィリエイターを目指す無職となりました。(笑)

親戚には久しく会ってないですが、
私もお姉さん同様、近々いろいろとdisられるように
なるんでしょうね…(白目)

【「普通」から外れるのが怖い】

先述した通り、「普通」から外れた生き方をすると
変な目で見られますし、disられます。
村八分にされてしまいます。

だから、「普通」から外れるのが怖くて
みんなと同じ、みんなと一緒、みんなと同調した
生き方を多くの人は選びます。

ですが、みんなと同じ「普通」の生き方をするのが
果たして本当に幸せなことなのでしょうか?

本当に楽しいでしょうか?

【「普通」というレールから外れてもいい】

確かに、多くの日本人が理想とする
「普通」の生き方が合っている人もいると思います。

なので、「普通」の生き方を否定するつもりはありません。

ただの価値観の違いですからね。

ですが、「普通」の生き方が合わない人だっています。

「普通」の生き方が合わない人が
「普通」の生き方に合わせようとすると苦しくなります。

だって、その人が心の底から望む生き方じゃないから。

その人の望まない生き方だから余計虚しくなるんです。

「普通」の生き方が無理なら
わざわざ合わせる必要がありません。

「普通」という名のレールから
外れた生き方をしたっていいんじゃない?

例えレールから外れた生き方をしようが、
他人からとやかく言われようが、
自分にとって幸せならそれでいいと思うし、
気にすることないと思います。

最後に、私の好きな曲を紹介して終わります。

♪ルキンフォー/スピッツ

ルキンフォー めずらしい生き方でもいいよ
誰にもまねできないような

ではでは。あんりでした!